スカイ・ライダーズ

自転車に乗ります

相対性理論presents 変数I

このブログは自転車関連の記事に埋め尽くされて久しいが、どうやら本来は雑記までなんでもありの自己満足的な備忘録として開設したらしい。だが書くようなことが必然的に自転車の話題に限られるので、僕自身忘れていたというわけなのだ。

というわけで今回の記事はいわゆるライブ・レポートである。最初にお断わりしておくが、僕は音楽、というより音に対して理屈を述べて解説できる知識など持っていない。どこのアレンジがどう、とか帯域がどう、とかベースラインがどう、みたいなことなどさっぱり分からない。なので、この文章はあくまでレポート、ただの起きた事実の報告、それにたまに僕の感想が入ったよく分からないものになるはずだ。また、この手の文章を書くのは僕にとって新たな試みなので、他にも拙い部分が多いだろうが承知願いたい。

今回観劇した相対性理論なるアーティストだが、ベロを出した写真が有名なとあるドイツ人物理学者とは全く関係はない(厳密にはグループの命名理由に関わるが)。メンバー全員が日本人のロック・バンドである。このバンド、いわゆる邦楽ロック・バンドというフレーズから想起されるものとはかなり隔たりがあるそれなりに特殊なグループなのだが、詳細は手元のスマートフォンを数タップすれば大まかに読み取れるだろう。そのためこの記事では言及を控えるが、僕はこのバンドについて個人的に、「人間界の悲哀や絶望をワンダーランドの住人が歌っている」というイメージを持っている。このような陳腐な表現はあまり用いたくないのだが、たぶん、このバンドのキーパーソンであるやくしまるえつこは、常人の域からはかけ離れたところにいるひとなのだ。百聞は一見に如かず、ということわざがあるが、この場合は「百見は一聞に如かず」なので、興味を持たれた方は是非聴かれたし。

 

 

さて、そろそろ肝心なレポート部分に入ろう。時は2018年9月2日、所はEX Theater Roppongiだ。この会場は六本木駅から徒歩5分程度という高立地にある。また開館も2013年末とかなり新しい建物なので、設備はなかなかこざっぱりとしている。

入場開始は17時、公演開始は18時とあったので、16時30分くらいを目安に六本木駅へ向かった。チケットとドリンク代の500円玉と携帯をポケットに突っ込み、残りの荷物を駅のコインロッカーに預ける。ライブ会場のコインロッカーというものは大抵の場合で割高だし、終演後に非常に混雑するので僕はあまり好まない。

16時40分には入場待機スペースを訪れたのだが、そこは既に相当数の人間でごった返していた。人々を眺めながら入場を待つ。年齢層は比較的高めで、20代中心に30代以上がぽちぽちといったところだろうか。10代と思しき者はあまり見られなかった。馬鹿騒ぎをするような場を弁えぬガキが居ないのはありがたいことだが、カップルで訪れている男女がかなり多く、結局メンタルを削られてしまった。

そうこうしている間に入場が始まる。整理番号はAの700番台。スタンディングのキャパは1700人強だが、おそらく余裕を持たせているはずなので、ちょうど真ん中くらいだろうか。悪くはない。入場し、500円をドリンク用コインと引き換えたのち、地下階へと向かってゆく人々の流れに乗ってエスカレーターで階下に降りてゆく。ん?チケットには1Fと記載があったはずだが。近くにいた係員に訪ねたところ、このチケットの1Fスタンディングとは、会場では地下3Fにあたるらしい。まったく紛らわしいものだ。

ライブホールに入る。想定よりもかなりステージまでの距離が近い。実際がどうかはさておき、体感としてはZepp Tokyoよりは一回り小さいイメージだった。中央左寄りに陣取ったが、前方の大柄な男性が一定数おり、小柄な僕にはかなりステージが見えにくい。女性など尚の事だろう。近くにいたカップルも話していたが、スタンディング・スタイルを取るライブハウスでは何かしら身長別に人を詰めるシステムが欲しいところだ。実現はかなり難しいだろうが。

18時を5分ばかり過ぎた頃だろうか、場内が暗転し、静かに幕が開いた。ようやく待ちに待った公演の始まりである。 

 


幕が開くと、半透明のスクリーンに映像が映し出される。この手法は最近流行りなのだろうか、昨年末に観覧したDAOKOのライブでも採られていたのが記憶に新しい。
半透明のスクリーンには映像が投影されたまま、1曲目の演奏が始められた。やくしまるえつこがお馴染みの9次元楽器、ディムタクトを振る。最初の曲はウルトラソーダだ。いきなり少し音程がズレたように聴こえた。大丈夫だろうか。2曲目のBATACO、3曲目のキッズ・ノーリターンとシームレスに演奏は続き、それが終わったところでようやくやくしまるが口を開く。「コンコンコン、なんの音。相対性理論の音。」正直よくわからんが、まあ彼女のMCというのはそういうものである。「相対性理論プレゼンツ。」「変、数、ワン。」やくしまるの手にはベロを出した犬のパペットがはめられていて、彼女のワン、でその犬もワン、と口を動かした。呆気に取られている隙に、4曲目、ケルベロスの演奏が始まる。やくしまるは左手にも犬のパペットをはめていて、両手の犬は歌に合わせてゆらゆらと踊り、たまに口をわんわん、とやった。5曲目はチャイナアドバイス。この曲は相対性理論の中ではかなりメジャーだが、ライブで披露したのは新体制になってから初のことのようだ。演奏は6曲目のとあるAroundと続く。些細なことだが、やくしまるは公演中によく水を飲む。両手でペットボトルを持って、ゆっくりと飲むのだ。そしてその割にはペットボトルの中身が存外に減っていなかったりするので、時に我々をぎょっとさせる。
とあるAroundが終わったあと、やくしまるはそうして水を飲んだ。その間にもマイクは音を拾っているので、ペットボトルの蓋がカチャ、と音を立てて閉められる音までも聞こえてくる。おもむろに彼女は言う。「Hey,Siri」束の間の沈黙の後、続ける。「ここはどこ」そして7曲目の帝都モダンの演奏が始まった。そうだ、ここは東京だ。帝都モダンは個人的にかなり好きな曲なので、こで聴けたのは嬉しい。8曲目の四角革命では永井聖一がパラレルパラレル、と口ずさみながらギターを弾いていたのが印象に残っている。9曲目はムーンライト銀河。ミラーボールが廻りだし、スクリーンには星空が映し出され、会場は一瞬で小宇宙と化す。箱の屋根が低めなことも手伝ってか、その没入感はこれまで感じたことのないものだった。また、この曲では永井がバイオリンの弓のようなものを用いてギターを弾いていた。そのような演奏技法があるのだろうか。
ムーンライト銀河の演奏が終わると、再びやくしまるは水を飲み、そしてまたもおもむろに口を開く。「みなさんが静かになるまで、10秒掛かりませんでした。」もちろん、10曲目はやくしまるえつこの新曲、放課後ディストラクションだ。何がもちろんなのかは、この曲の歌詞を一目見ればお分かり頂けるかと思う。CDに収録されているものとは大きく違ったバンドアレンジだったが、こちらの方が原曲よりも好みかもしれない。11曲目は、やくしまるえつこ名義よりヴィーナス&ジーザス。これは予想外のサプライズだ。
ヴィーナス&ジーザスの余韻に浸っていると、前方でどこか間の抜けたような携帯の着信音が鳴り響いた。しかしそれはマナーの悪い客などによるものではない。ステージから聴こえるのだ。やがて音は鳴り止む。「着信音じゃないよ」やくしまるが言う。「世界を終わらすラッパの音。」そして12曲目の天地創造SOSが始まる。それにしてもやくしまるえつこというひとは、話し方をとっても間の取り方が絶妙である。言葉を受け取るには十分だが、その意味を考えるには不十分な時間を僕に与える。すっ、すっ、と言葉は頭に入ってくるのだが、それを整理するには敵わない。
13曲目は夏の黄金比。夏が終わりを告げようかという9月のはじめにぴったりの曲だ。真部、西浦のコーラスが無いのが少し寂しい。14曲目は小学館。記事をチンタラ書いているせいでそろそろ記憶が危ない。15曲目のFLASHBACKはライブ用のオリジナル構成。これは開演からずっと思っていたことなのだが、ベースの吉田が何から何まで本当にカッコいい。特にこのFLASHBACKの間奏でエネルギッシュに掻き鳴らす姿には、男の僕でさえ惚れそうになったくらいだ。きっといくらかの女性ファンは妊娠してしまったに違いない。

FLASHBACKの演奏が終わると、やくしまるは小さく「バイバイ」と告げ、メンバーが退場した。あまりに呆気ない幕切れかに思えたが、ものの数秒で場内はアンコールを求める手拍子に満たされる。手拍子は次第に早くなり、そしてどこからともなく元の早さに戻る。これを3回ほど繰り返した頃だろうか、衣装を変えたやくしまるとメンバーが再びステージへと戻ってきた。凄まじい拍手が起こる。興奮冷めやらんまま、アンコールの1曲目がはじまった。昨日リリースされたばかりのあたりまえつこのうた きゅうばんだ。まだきちんと聴き込めてはいないのだが、きゅうばんが最もバンドで演奏しやすいのかもしれない。そして2曲目。僕が相対性理論で、いや、僕が今知る音楽の中でも最も好きな曲、たまたまニュータウン(2DK session)だった。イントロの触りを聴いた瞬間に、全身を高揚感を纏った感動が駆ける。パフォーマンスは筆舌に尽くし難い素晴らしさだった。神々しくさえ感じられた。長い長いアウトロは、永久にだって聴いていられる気がした。アンコール3曲目、今日のラストを締めくくるのはミス・パラレルワールド。軽快なリズムが耳に心地良く、熱狂から覚ましてくれる。最後にやくしまるが「グッナイ」と言い、メンバーが退場してゆく。最後までこちらに何回も手を振ってくれていた永井の姿が見えなくなると、明かりが灯り、終演を告げるアナウンスが流れた。

 


以上が僕の観た変数Iだ。筆を置く前に、全体を通して感じたことをいくつか記しておく。

まずはファンのマナーの良さだ。ロックバンドやポップアーティストのファンというのは得てして公演中に野次を飛ばすような無粋な連中がいくらかはいるものなのだが、今回の公演ではそうした輩は全く見られなかった。偶然かもしれないが、これはそうあるものではない。観劇時のいわゆる地蔵は思っていたよりも少なかった。もちろんモッシュや圧縮とは無縁なのだが、自然に生まれた個人のテリトリー内でそれぞれが頭を振ったり、身体を揺らしていた。この手のアーティストのライブとしては理想的な観劇スタイルだろう。いつか行ったBABYMETALの公演のように、前後に押し潰され、誰のものか分からない汗にまみれる、半ば暴動のようなライブもそれはそれで楽しいのだが。なんとか最前列までこぎつけ、軽い酸欠状態で拝んだSU-METALは神の具現化としか思えなかったものだ。

 

公演の内容についてだが、LOVEずっきゅんやスマトラ警備隊などの定番とも呼べる楽曲が除かれた一方で、普段あまり演奏されない曲がそれなりに多かったのが新鮮だった。また、公演のタイトルイラストが"X"を基調としたものだったため、X次元へようこそがセットリストに含まれるかと予想していたのだが、その予想は外れる結果となった。本当に文句の付けようのない素晴らしいライブだったが、欲を言うならば、わたしは人類を聴きたかったところだ。あの曲は是非とも生で聴いてみたかったのだが。しかし、わたしは人類は1ヶ月後のRedBull Music Fesで大々的に披露される。それを考えれば仕方のないことだ。文句は言えまい。
正直に言えば、他にも聴きたかった曲はいくつもあった。しかし、今回の物販でも「みらいの召喚カード」が販売されていた。それはつまり、近いうちに相対性理論はまたどこかで公演を開催してくれるということだ。それをまた観に行けばいいだけのことではないか。人生の愉しみがまた一つ増えた。


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