考えるのをやめたら死亡

炭酸の抜けたコーラ

コリアン・ヒップホップに最近ハマってるからその話

 

おれがhiphopに始めて触れたのは、確か中学3年の夏だった。その頃のおれは今より5千倍くらいバカで、何も考えていなくて、音楽といったら有名どころのj-rockを聴くくらいの、総合的に見てかなりしょうもない中学生だった。おれは中高一貫の男子校に通っていたのだが、6年間ある中高一貫生活の中の中学3年というのはちょうど中間地点(なんか中という漢字が多いな)辺りで、色々と中だるみしてたから、かっこよく言えば退廃的だけど、要はガチでやること無ぇな、みたいな毎日を送っていた。ベンキョーとか多分1ヶ月に1時間もしてなかったし、放課後に友達とバカやるのだけが楽しみだった。男子校っていうのはマジで最高だから、いましょうがくせいでこのぶろぐをよんでいるおとこのこは、ぜひだんしこうにはいってね。

 

説明すると長くなるし特定されそうだから省くけど、色んな事情があって、おれの学校には強い権力を持ってる学内自治団体みたいなのがあって、そこに所属してる奴しか入ることが許されない溜まり場みたいな部屋があった。その団体には当然高校の先輩とかもいて、古くからの伝統とかで上下関係が厳しかった。敬語は謙譲語尊敬語が使えないとダメで、丁寧語だとあいつナメてんじゃねえの、みたいなことになったりした。おれは割と無礼な方で、怒られたりすることも結構あった。でも先輩は優しくて面白かったし、なんだかんだすげー面白かった。もっと真面目に参加しとけばよかったと今もよく思う。

で、さっき言った溜まり場みたいな部屋は基本的に誰かしら目上の人がいたから、あんま自由なことはできなかったんだけど、たまに同輩だけになることがあって、その部屋にはパソコンとかスピーカーもあったから、そういう時は当然触っていた。

ある時、そこのパソコンのHDDに誰かが入れてた音楽を、割とワルめの友達がこれカッケエんだよ、とか言って流した。昔のことだからあんま覚えてないけど、それが確かキングギドラ公開処刑だった。当時のおれはキングギドラとか名前すら知らなかったし、なんか変な曲だなぁ、みたいな感想しか思い浮かばなくて、そういうことを言ったら、その友達はベラベラと色んなことを説明してくれた。どうでも良かったから内容は全然覚えてないんだけど、多分zeebraとkjの因縁とかの話だったんだろう。

こうしてhiphopとの出会いを果たしたものの、毎日のうのうと与えられたものに満足して生きていたおれは、hiphopの反体制的なリリックがいまいちピンと来なくて、なんか暑苦しくてダサくね?(笑)とか思って、聴かないどころか好きじゃなかった。

時は流れて高1の終わりくらいの頃、おれはダブステップとかトランスとかのエレクトロミュージックが一番好きだったんだけど、ダブステップって結構ラッパーが参加してる曲が多くて、それでちょっと気になって、とりあえずusのhiphopを掘り始めた。カニエとかjay-zとか有名どころは大体聴いて、何言ってんのか分かんなかったから日本語ラップを聴き始めた。友達に聞いて、とりあえず'90年代の有名どこを聴き漁った。この段階で聴いた曲は今でも好きだし、これからも聴き続けると思う。それが落ち着いたら最近のを聴き始めたんだけどなんか微妙だった。トラップ全盛なのは良いんだけど、リリックでクラシックを中途半端に意識してるのか、なんかちぐはぐな印象を受けて、カッコいいと思えるラッパーがあんましいなかった。特定のアーティストを指すのは控えるけど。おれの中で、j-hiphopの"カッコいい"は、古典的でリリックが重いアングラ系のやつと、洒落たビートにシンプルなライム載せてて、リリックに良くも悪くも重みはない感じのやつの2つに自分でも気付かぬ間に完全に二分化されてたっぽい。

最近の日本語ラップで良いなぁと思ったのは唾奇とかのチル系。ちゃんとヒップホップしてるけど、'90sとは明確に違うのが面白い。あ、でも2018年で一番気に入ったのはゆるふわギャングのspeed。ガチガチのトラップで単純にめちゃくちゃかっこいい。

で、最近spotifyを使い始めて適当にシャッフルで聴いてて、コリアンラップに出会った。基本トラップ系が多いんだけど、トラックは日本のより面白い。リリックは当然ほぼ韓国語でこれまた当然意味なんて分かる訳無いんだけど、ふと思う。どうせトラップ系日本語ラップだってリリックに良さ見出してる訳じゃないんだし、だったらトラック面白い方聴けばいいんじゃね?と。

つーわけで最近コリアンヒップホップにハマった。eddy pauerの作るトラックがすげー良い。今は完全に雰囲気で聴いてるから、歌詞の意味も分かったら絶対面白いんだろうなぁ。軽くハングル勉強しようか悩む。

 

p.s. なんか分かったようなことを今回結構書いてるけど、おれはhiphop全然分かってないから思ったことテキトーに書いただけです

minolta α303si

僕はお世辞にも性格がいいとは言えないし、根暗だし、気持ちの悪いおたくだが、なぜか友人にはとても恵まれている。先日、僕の友人の中でも一、二を争うほど愉快で奇ッ怪なある友人(ここではSとしておこう)の家へ招かれたのだが、その時、Sの部屋に見慣れないものがあることに気付いた。察しのいい方はお気付きになったかもしれないが、それが今回取り上げたミノルタのカメラである。それはそこそこ立派な銀塩カメラで、昭和の匂いがするほど古ぼけてはいなかった。フィルムは入っていなかったが、電池は残っており、動作はするようだ。Sはどう考えてもカメラに興味があるタチの人間だとは思えなかったので尋ねると、そのカメラを僕にくれると言う。「あぁ良いよ、どうせ拾ったやつだし、使い方わかんねーから」と彼は続けるが、果たして普通に暮らしていて一眼レフなど拾う機会などあるものだろうか?僕は疑問に思い詳しいことを訊いたのだが、Sは意味深な笑みを浮かべるばかりで取り合わなかったので、世の中には知らない方がいいこともあるだろう、と考え直し、僕もそれ以上追及するのをやめた。かくして僕は、このカメラを一銭も払うことなく手に入れたのである。

 

家に持ち帰って、本体に印字されてあるモデル名をgoogleで調べると、すぐにヒットした。1994年に発売されたミノルタの一眼レフの中位~下位を担うモデルで、関連する個人ブログもいくつか見つかった。特筆するほどの価値もないけど、まあフツーに使えますよ、といった様子。どうやら現在ではヤフオクやジャンクショップで叩き売りになっているらしく、相場は1000円にも届かないようだ。定価は約60000円なので、凄まじい値崩れである。もはやフィルムカメラ自体が趣味の世界なので仕方ないのだろうが。レンズはシグマに換装されていて、28-80mm、F3.5~5.6、マクロモード付きと、割とオールマイティに使えそうだった。

f:id:keielle0419:20190110152014j:image

見た目はこんな感じ。いかにもなカメラって感じがして、僕は結構気に入った。

さて、せっかくなので使ってみようと思い立ったものの、僕が物心付いた頃には既にフィルムカメラなんぞ過去の産物だったので、右も左も分からない。僕は安物だがミラーレス一眼を持っていて、わりかし写真は好きなのだが、その好きというのも、例えば、可愛さが決め手で買ったオリンパスペンで撮った写真を#ファインダー越しの私の世界 みたいなハッシュタグを付けてインスタに投稿して沢山いいね貰って喜んでたけど3ヶ月くらいで熱が冷めてカメラはどっかに仕舞い込んでホコリ被ってます、みたいなゆるふわ女子大生の「あたし写真好き〜!」と同じくらいのレベルの好き、なので、知識もたかが知れている。そんなわけで戦々恐々としながらテキトーに近所のカメラ屋さんに向かったのだが、このカメラ屋さんがなかなか良い店で、人の良さそうなオニーチャンが何も分からない僕に手取り足取り教えてくれて、おおまかな使い方は理解できた。そこでおすすめされたフィルムも言われるままに買った。フジフイルムのISO100の24枚撮の業務用のやつ。税込270円。やす。

 

カメラ屋を出て、とりあえずその辺にあったドトールに入って、コーヒーを啜りながら店員さんに聞いたことを反芻しつつスマホでいろいろ調べていたら、ネットで取り扱い説明書が落とせるっぽいことが発覚した。すぐさまダウンロード。便利な時代になったものである。読んでいくと、このカメラ、どうやらかなりフールプルーフにできているらしく、AF、AEは当然のごとく搭載、赤目補正、シーンモードなんかも使えて、Pモード(オートモード)に入れておけば、人がやるのは構えてボタンを押すだけで、あとは全部カメラがやってくれるらしい。最近のデジカメとほとんど変わらない。

一通り取り説に目を通したので、フィルムを入れて、じゃあ早速撮ってみますか、と店を出たら外は真っ暗だった。まだ5時だぞ。

それでも触ってみたくてウズウズしてたから、何も映らないのを承知で、近くにあったオブジェみたいなよくわからん物体にカメラを向けてファインダーを覗いた。光源は建物から漏れる明かりと、電灯のみ。そんでもって手持ち。無理かなぁ、と思いながらシャッター半押し。何も知らなかったらちょっとビビるくらいデカい音でジーッ、ジーッとレンズが動き、必死にフォーカスを合わせようとする。数秒ののち、ジーッが止まった。シャッターボタンを押し込む。露光はギリ足りてたっぽくて、カッシャーッ、とシャッターが切れた。これだけのことなのだが、いわゆるデジタルネイティブ世代であろう僕はなんかちょっと感動してしまった。シャッタースピード的にブレまくりだろうけれど。これが2018年12月27日くらいのこと。その後、なんだかんだ結構忙しかったので、その次にカメラを使う機会ができたのは大晦日に友人と忘年会をした時だった。せっかくなので(勝手に)ポートレートっぽいのを撮る。フラッシュを焚けば、ISO100のフィルムで屋内でもわりかしまともに撮れるっぽいことが判明。メシ食った後、夜の公園に繰り出して花火をすることになったので、そこでもフラッシュ焚いて数枚撮った。この時点での撮影枚数は16枚くらいだったのだが、家に帰ってカメラを見ると、何故かパトローネマークが0を指している。どうやら何かのはずみで巻き取りボタンが押されてしまったらしい。

後日フィルムをビックカメラに持って行って診てもらうと、一部光線引きがあるものの、大体は問題なく残っているとのことなので、現像してもらうことにした。データ入りCD-R込みで1100円。まあこんなもんだろうな、と思いつつも、もう一人の自分はフィルム代と現像代を足したのを撮影枚数で割って、一枚辺りの値段を出そうとしていたが、趣味に掛けた金額を考えても誰も幸福にならないと思って算出する寸前で踏みとどまらせた。

家に帰って、ノーパソを開き、2007年で更新が終了しているソフトでCD-Rを読み取ってみると、綺麗に撮れている写真は少なかったものの、想像より数段解像度が高くて驚いた。それに、フィルムカメラ特有のエモさみたいなのもある。御託はいいから早く写真を載せろよという声が聞こえてきそうだが、まともに撮れている写真の被写体が全て友人だったので残念ながらここには掲載できない。カスみたいな文章をここまで読み進めてくださった方に対してなんつー仕打ちとは自分でも思う。すいません。今撮影中のフィルムを現像したら載せる(多分)んで許してください。

今のところ、このminolta α303siは大して機材に拘りのない僕にはなかなかに満足な一機である。重さも本体のみで400g程度と、そこまで負担にならない程度に抑えられているし、解像度も申し分ない。なんだかミラーレスを使わなくなってしまいそうな気がする。個人的には、フィルムカメラと聞くと敷居の高そうなイメージがあったので、興味を持ちつつも手を出せなかったのだが、いざ踏み込んでみると思いのほかイージーにそれらしい写真が撮れたので、きっかけを与えてくれた友人Sには感謝してもしきれない。カメラの出処には未だ疑問が残るが。90年代くらいのモデルならばカメラ自体がかなり初心者ユーザーにも優しい上、レンズ込みでもちょっと贅沢なランチくらいの値段で手に入るし、まともなカメラ屋に行けば大体のことは教えてもらえるので、興味がある方はチャレンジしてみてはいかがだろうか。今日一日で頑張って2本記事終わらせたので誰か褒めてください。おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロードバイクにおける官能性,シマノからカンパに載せ替えて感じたこと

前回の記事(カンパドライブでシマノスプロケを引く - スカイ・ライダース)の続編,あるいはおまけという感じで書こうと思っていたこの記事だが、なかなか筆が進まぬうちにあれよあれよと時が過ぎ去り、とうとう年をまたいでしまった。というわけで今回は、シマノ・コンポのロードバイクに1年半あまり乗っていた僕が、カンパニョーロに載せ替えて感じたことを書き連ねて行こうかと思う。つーか、こっちが本編かもしれない、むしろ。

 

少しばかり個人的な話をする。僕が初めて乗ったロードバイクは、アルテグラで組まれ、ホイールにはデュラエースC24CLを履いたパナソニックのクロモリという、質実剛健という言葉を具現化したような一台で、それは知人の所有物だった。自転車といえば、ホームセンターに売っている24段変速のMTBや、ネット通販でのギシギシうるさい折り畳み自転車程度しか触れたことのなかった僕が、初めてそのパナモリに乗った時の感覚は異次元という他なく、その衝撃は今でも克明に覚えている。

その時から2年弱。かつて異次元だったその感覚はすっかり日常の一部となり、飽き性気味の僕は新たな刺激を欲し始めていた。だが、ホイールは替えたばかりだったし、新しいフレームが必要になるほどオプティモに不満を覚えたことはなく、乗り潰したとも到底言えない。そこで、廉価グレードのコンポーネントを変えてみるということに落ち着いた。ティアグラ4700からのステップアップなので、順当に考えれば6800かR8000のアルテかなぁ、とも考えて、実際にアルテを積んだ自転車を借りて走ってみたのだが、なんだかそこに斬新な感動を見つけることができなかった。当然だが引きの軽さ、変速性能、変速速度、どれをとってもティアグラよりも数段は優れる。でもそれは、ティアグラのそれの延長線上にあるように僕には思えた。モノは素晴らしいのだが、決して安くはない金額の対価として考えると、僕にとっては微妙だった。200g700円のインスタントコーヒーに慣れた舌でもカフェの挽き立てコーヒーの美味さは分かるけれど、僕は紅茶の気分だったのだ。

時間はあるがカネは無かったので、僕はヤフオクSNSを通した個人取引、中古ショップを駆使して、出来る限り安くカンパニョーロの部品を集めることを始めた。蓋を開けてみれば、海外通販でR7000系105のグループセットを買うのと同じくらいの値段でコンポーネント一式を揃えることができてしまった。11速初期~中期のミックスちゃんぽんである(スプロケ、チェーンはコストカットのためシマノを使っているのだけど。詳しくは前回の記事を参照)。

組み付けに関しては大した労力を要さなかった。こういうわけで、案外あっけなく、初のカンパ組みバイクが完成したわけである。

 

スタンドで変速を合わせているだけならば、シマノの感覚に慣れ切った身体でもことさら違和感を覚えることもないが、実際にエルゴを握ってアスファルトに繰り出してみると、その差異は徐々に発現されてくる。リア変速は多少ガチンガチンとしてやかましいかなというくらいだが(これは決して不愉快というニュアンスではない)、フロント変速に関しては話が別だ。載せ替えと同時にチェーンリング歯数も変更した(50-34→53-39)ので同一条件での比較ではなく、歯数差の少ないカンパが若干有利となるはずなのだが、それにも関わらずこの世代のカンパのフロント変速はシマノと比べると、絶対的性能で言ってしまえば正直カスである。フロント歯数の差を差し引かず、更に比較対象が下位のFD-4700とFC-6800の組み合わせとの比較でさえ、だ。FDもチェーンリングも出来が違いすぎる。あと、どうでもいいがエルゴの諸々のせいでトリムが6段階もある(これは4アーム化に伴うマイナーチェンジの際に改良された)。

しかし、僕はこのカンパのフロント変速が決して悪いとは思わない。というよりむしろ、シマノよりもこちらの方が好きと言っていいくらいかもしれない。

フロント変速においてシマノよりカンパが抜きん出て優れる点、それは官能性だ。はいはいお決まりのやつね、と思われるだろうから言っておくが、僕は、シマノと比べられたカンパオタクが決まってのたまう「感性に訴え掛ける〜」だとか「フィーリングが〜」とかいったフレーズが好きではないし、眉唾だと思って鼻で笑う側の人間だ。しかし―シマニョーロの時もそうだったが―実際に乗り比べてみてしまうと、やはりそこに言及しないわけにはいかないのである。

チェーンリングの出来の差が、FDのそれ以上に変速性能、というより変速方式に関わってくるように僕には思える。どこからでもスチャッ、とアウターに吸い込まれるかのようにしてチェーンが上がってしまうシマノに対して、カンパのフロント変速は変速ピンに大きく依存しており、ピンがガチッとチェーンに引っ掛かり、クランクの回転運動によってそれがアウターにグイッと押し上げられる、といった具合が手に取るように伝わる。確かに絶対的な変速性能と、それを簡単に引き出せる点に関してはシマノには遠く及ばない。だが、変速ピンの位置をこちらが考えてやり、それに合わせるようにエルゴパワーのレバーをグッと押し込んでやれば、このイタリア産まれのメカたちは、シマノに肉薄するほど素晴らしい働きをしてくれるというのもまた事実なのだ。そしてその動作がたまらなく愉しいということも。

フロント変速に顕著なカンパの面白さは、もちろん他の部分でも感じることができる。エルゴパワーはSTIよりもしっくりと手に馴染み、変速ボタンもバチンバチンと心地良い音と感触を伝えてくれるので、5段飛ばしのウルトラシフトも相まって、思わず積極的にシフトチェンジをしてしまう。ブレーキは絶対的な最大ストッピングパワーこそシマノに譲るものの、充分に良く効くし、なによりコントローラブルだ。握り込みと共に制動力が高まってゆく感覚はシマノよりも好ましい。ブレーキだけはカンパというロードバイク乗りが一定数見受けられるのもうなづける。

 

 

このシマノvsカンパの構図は、機械の自動化と、それへのアンチテーゼとしての手動操作、もっと噛み砕くとデジタルvsアナログ、というよくある二項対立に当て嵌まると僕は思う。例えばジドウシャにあるMTとDCT(スポーツAT)に当て嵌めてみれば分かりやすいかもしれない。カンパがMT、シマノがDCTである。MTはDCTよりも操作が複雑にも関わらず、その変速性能はDCTに劣る。とにかく速いのがスキ、というスタンスのひとたちにとっては、MTなんて過去の産物だろう。だが、MTには根強い固定ファンが存在し続ける。効率や絶対的な速さよりも、愉しさを追求し、機械との対話を好むひとたちもいる。どちらが正しいなんてない。少し大袈裟かもしれないが、つまりはそういうことではないだろうか。

趣味の世界の自転車においては、アナログな乗り物な分、「マシンとの対話」のようなものが自動車よりも重視される傾向にある。絶対的な速さはひとまず置いておいて、自転車に乗ることを楽しむ。自転車とそういう向き合い方をする人にとって、カンパニョーロはなによりベターな選択かもしれない。少なくとも僕はそう感じた。

カンパドライブでシマノスプロケを引く

スプロケを引く、という言葉は考えてみればおかしいかもしれないとこのエントリーのタイトルを書きながら思った。縮めずに言えば、カンパニョーロ11s環境にシマノ11sスプロケを組み合わせて使う、といった具合だ。

なんでこんなよく分からんアヤシゲなことをしたのかという経緯を軽く述べておく。端的に言ってしまえば、カンパを使ってみたいたいがカネが無いから、だ。僕の自転車はフルシマノ→シマニョーロ10sという遍歴を辿っているので、順当に考えれば次はフルカンパだな、となる。しかしカンパに載せ替えとなると、シマニョーロで揃っているエルゴとブレーキを除いても、クランクセット、前後ディレイラースプロケット、チェーン、カンパフリーをを購入せねばならない。そうして思案を重ねていたところに、とある個人ブログでカンパ11sドライブ×シマノ11sカセット・チェーンで運用している、といった記述を見掛けた。更に調べてみると、どうやらシマノとカンパの11sカセットは、フリー装着時のスプロケットの座標は異なるものの(カンパの方がフリー寄り)、歯ごとのピッチにさほど差は無く、また両社の11sチェーンに関しても、内径・外径ともかなり近い数値である、という知見を得た。多段化の恩恵は意外なところにもあるものだ。

フリー、チェーン、スプロケが浮くのは相当大きい。そうと分かればとりあえずやってみるだけである。

パーツ群は以下の通り。

エルゴパワー:アテナ ウルトラシフト('10)

Fメカ:スーパーレコード('10)

Rメカ:アテナ('11~)

クランク:アテナカーボン パワートルク('11~)

チェーンリング:53-39T XPSS

チェーン:シマノ CN-HG601-11

スプロケ:シマノ CS-5800 11-28T

 

組み付けに特別なことは何一つない。カンパを組んだことがないどころか、シマノを申し訳程度に触ったことがある程度の技量でも簡単に組めるだろう。少なくとも僕はそうだった。

調整に関してだが、本来のカンパフリー/カンパスプロケとの組み合わせよりもスプロケが外側に寄ってしまうため、ロー側がやや調整範囲が狭くシビアだった。今回使用したアテナのリアメカの最大端数は29Tなので、状況によってリア30Tを入れられるかと考えていたが、28Tでかなりいっぱいいっぱいだったので厳しそうだ。またフロントとの兼ね合いもいささか面倒である。リアがロー側に寄り過ぎているとアウターへの入りが悪く、トップ側に寄り過ぎていると今度はアウター側へのチェーン落ちが起きてしまう。まともに変速できるスポットがやや狭いのだ。

だが、それでもしばらく格闘しているとそれなりに変速するようにはなった。

シマノ×カンパニョーロ 11速ミックス SHIMANO×Campagnolo 11spd mix - YouTube

 

サドルにスマホを置いて撮ったのでゴミみたいな動画になってしまったが、大体こんな具合である。

特にストレスを感じない程度には動くが、少しでも速さを求める人、たくさん乗る人には向いていないだろう。感想などはいずれまとめる予定です。

 

 

 

 

KZ ZSTさん

久しぶりにオーディオの記事書きます

 

中華イヤホンを買いました。ここ2年くらいの間で伸びてきた深センのブランド、KZ(knowledge zenithの略称らしいです。かっこいいね)から販売されている1BA+1DDの最安ハイブリッドイヤホン、ZST。これ、中華イヤホンとしては珍しくこれヨドバシカメラとかの家電量販店でも取り扱いがある。中華イヤホンが一般的な家電量販店で取り扱われない要因の一つとして個体差による品質バラつきが大きいこともあると思うんだけど、このZSTではある程度のレベルまで来たということなのかしら。かなりバラつきの大きい機種という評判だけど。

というわけでせっかくなのでヨドバシで買った。3110円也。Aliexpressだと1500JPYを切ってくるから倍以上だし、2000円ちょいで売っているAmazonよりもだいぶ高いです。ちなみに3110円からあと数百円出せば先代フラッグシップの4BA+1DDのZS10がAliで買える。まあ大手の保証と直販の楽さを買ったということで。しかしこの価格でハイブリッドが買えるとはすごい時代になったものだなぁ

 

f:id:keielle0419:20181001105112j:image

箱。隣のiPhone5sの箱と比較すれば一目瞭然だけど、かなり小ぶり。煙草の箱よりもひと回り大きいくらい。デザインはアップルをパクったシャオミ辺りを更にパクったっぽい感じ。内容物は本体、ケーブル、3種のイヤーチップ、それに説明書という名の何か戯言が書いてある紙切れ。


f:id:keielle0419:20181001105359j:image

 

本体。カスタムIEMっぽい感じだけど、高級感無し。色は好き嫌いの分かれそうな感じだけど、おれは嫌いじゃない。あとは"ZST HIFI-Armature"のフォントがチープ感満載なのが気になる。気が向いたら削ろうかな。サイズは大きめで、特に厚みがかなりある。

あと、このイヤホンは3000円という実売価格にも関わらずリケーブルができる。これは割とありがたい。(おれの場合音質方面の話ではなく飼っているうさぎがやたらケーブルを噛み千切るから、という理由だけど)


f:id:keielle0419:20181001105846j:image

フラッシュ炊いて撮ると分かりやすいけど、ハウジングのパープル部分がクリアではなくなんか曇ってる感じかするのがちょっと気になる。

 

さて、肝心の使用感の話。前提として述べておくが、このイヤホンは多くの購入者によってエイジングが推奨されてる。音がだいぶ変わるっぽい。

なんだけど、面倒臭いので今回は箱出しの印象ということで。気が向いたらエイジングして、気が向いたらその結果を書くかもしれない。書かないやつだなこれ。

 

f:id:keielle0419:20181001110316j:image

付けてみた感じ。結構目立つ。

おれは耳がわりかしデカめだから装着感に特に違和感は無いが、耳が小さい人は注意が必要かもしれない。また、イヤーピースも全体的にワンサイズくらい大きい感じがした。

あと付属ケーブルのタッチノイズがめちゃくちゃ耳障りで、色もキモいので、Amazonで1000円くらいでリケーブルユニットが売っているので買い替えた方が吉だろう。ただ耳掛け用のワイヤーの柔らかさ加減はすごく良かった。

 

色々聴いてみると、やはり巷で言われている通りドンシャリ気味だった。ソニーほど耳に付く感じではないけど。解像度は大したことないものの、分離感に関しては価格を考えると目を見張るものがある。さすが曲がりなりにもハイブリッド。

中音域は確かに弱め。でも言われているほど酷くないような。低音はそこそこボワつく。高音はよく出ているもののたまに耳障りな感じも。時々嫌な意味で刺さる。あれ、サ行が刺さると表現される感じ。ハイトーンボイスの女性ボーカルとかは聴かない方がいいかもしれない。あとSOUL'd OUTはやめた方が良い。巻き舌のth音が全部耳に刺さりそう。

ちくわ耳なんで特に書くことも無し。やめといた方が良いジャンルは先述したハイトーンボーカル、ダブステップ、フューチャーベース辺りですかね。いずれも高音の不快感が強調されがちなんで。逆にお勧めしたいジャンルは強いて言うならヒップホップ、トランス、ロック辺りですかね。

価格考えたら結構良いと僕は思いました、以上です

 

 

 

相対性理論presents 変数I

このブログは自転車関連の記事に埋め尽くされて久しいが、どうやら本来は雑記までなんでもありの自己満足的な備忘録として開設したらしい。だが書くようなことが必然的に自転車の話題に限られるので、僕自身忘れていたというわけなのだ。

というわけで今回の記事はいわゆるライブ・レポートである。最初にお断わりしておくが、僕は音楽、というより音に対して理屈を述べて解説できる知識など持っていない。どこのアレンジがどう、とか帯域がどう、とかベースラインがどう、みたいなことなどさっぱり分からない。なので、この文章はあくまでレポート、ただの起きた事実の報告、それにたまに僕の感想が入ったよく分からないものになるはずだ。また、この手の文章を書くのは僕にとって新たな試みなので、他にも拙い部分が多いだろうが承知願いたい。

今回観劇した相対性理論なるアーティストだが、ベロを出した写真が有名なとあるドイツ人物理学者とは全く関係はない(厳密にはグループの命名理由に関わるが)。メンバー全員が日本人のロック・バンドである。このバンド、いわゆる邦楽ロック・バンドというフレーズから想起されるものとはかなり隔たりがあるそれなりに特殊なグループなのだが、詳細は手元のスマートフォンを数タップすれば大まかに読み取れるだろう。そのためこの記事では言及を控えるが、僕はこのバンドについて個人的に、「人間界の悲哀や絶望をワンダーランドの住人が歌っている」というイメージを持っている。このような陳腐な表現はあまり用いたくないのだが、たぶん、このバンドのキーパーソンであるやくしまるえつこは、常人の域からはかけ離れたところにいるひとなのだ。百聞は一見に如かず、ということわざがあるが、この場合は「百見は一聞に如かず」なので、興味を持たれた方は是非聴かれたし。

 

 

さて、そろそろ肝心なレポート部分に入ろう。時は2018年9月2日、所はEX Theater Roppongiだ。この会場は六本木駅から徒歩5分程度という高立地にある。また開館も2013年末とかなり新しい建物なので、設備はなかなかこざっぱりとしている。

入場開始は17時、公演開始は18時とあったので、16時30分くらいを目安に六本木駅へ向かった。チケットとドリンク代の500円玉と携帯をポケットに突っ込み、残りの荷物を駅のコインロッカーに預ける。ライブ会場のコインロッカーというものは大抵の場合で割高だし、終演後に非常に混雑するので僕はあまり好まない。

16時40分には入場待機スペースを訪れたのだが、そこは既に相当数の人間でごった返していた。人々を眺めながら入場を待つ。年齢層は比較的高めで、20代中心に30代以上がぽちぽちといったところだろうか。10代と思しき者はあまり見られなかった。馬鹿騒ぎをするような場を弁えぬガキが居ないのはありがたいことだが、カップルで訪れている男女がかなり多く、結局メンタルを削られてしまった。

そうこうしている間に入場が始まる。整理番号はAの700番台。スタンディングのキャパは1700人強だが、おそらく余裕を持たせているはずなので、ちょうど真ん中くらいだろうか。悪くはない。入場し、500円をドリンク用コインと引き換えたのち、地下階へと向かってゆく人々の流れに乗ってエスカレーターで階下に降りてゆく。ん?チケットには1Fと記載があったはずだが。近くにいた係員に訪ねたところ、このチケットの1Fスタンディングとは、会場では地下3Fにあたるらしい。まったく紛らわしいものだ。

ライブホールに入る。想定よりもかなりステージまでの距離が近い。実際がどうかはさておき、体感としてはZepp Tokyoよりは一回り小さいイメージだった。中央左寄りに陣取ったが、前方の大柄な男性が一定数おり、小柄な僕にはかなりステージが見えにくい。女性など尚の事だろう。近くにいたカップルも話していたが、スタンディング・スタイルを取るライブハウスでは何かしら身長別に人を詰めるシステムが欲しいところだ。実現はかなり難しいだろうが。

18時を5分ばかり過ぎた頃だろうか、場内が暗転し、静かに幕が開いた。ようやく待ちに待った公演の始まりである。 

 


幕が開くと、半透明のスクリーンに映像が映し出される。この手法は最近流行りなのだろうか、昨年末に観覧したDAOKOのライブでも採られていたのが記憶に新しい。
半透明のスクリーンには映像が投影されたまま、1曲目の演奏が始められた。やくしまるえつこがお馴染みの9次元楽器、ディムタクトを振る。最初の曲はウルトラソーダだ。いきなり少し音程がズレたように聴こえた。大丈夫だろうか。2曲目のBATACO、3曲目のキッズ・ノーリターンとシームレスに演奏は続き、それが終わったところでようやくやくしまるが口を開く。「コンコンコン、なんの音。相対性理論の音。」正直よくわからんが、まあ彼女のMCというのはそういうものである。「相対性理論プレゼンツ。」「変、数、ワン。」やくしまるの手にはベロを出した犬のパペットがはめられていて、彼女のワン、でその犬もワン、と口を動かした。呆気に取られている隙に、4曲目、ケルベロスの演奏が始まる。やくしまるは左手にも犬のパペットをはめていて、両手の犬は歌に合わせてゆらゆらと踊り、たまに口をわんわん、とやった。5曲目はチャイナアドバイス。この曲は相対性理論の中ではかなりメジャーだが、ライブで披露したのは新体制になってから初のことのようだ。演奏は6曲目のとあるAroundと続く。些細なことだが、やくしまるは公演中によく水を飲む。両手でペットボトルを持って、ゆっくりと飲むのだ。そしてその割にはペットボトルの中身が存外に減っていなかったりするので、時に我々をぎょっとさせる。
とあるAroundが終わったあと、やくしまるはそうして水を飲んだ。その間にもマイクは音を拾っているので、ペットボトルの蓋がカチャ、と音を立てて閉められる音までも聞こえてくる。おもむろに彼女は言う。「Hey,Siri」束の間の沈黙の後、続ける。「ここはどこ」そして7曲目の帝都モダンの演奏が始まった。そうだ、ここは東京だ。帝都モダンは個人的にかなり好きな曲なので、こで聴けたのは嬉しい。8曲目の四角革命では永井聖一がパラレルパラレル、と口ずさみながらギターを弾いていたのが印象に残っている。9曲目はムーンライト銀河。ミラーボールが廻りだし、スクリーンには星空が映し出され、会場は一瞬で小宇宙と化す。箱の屋根が低めなことも手伝ってか、その没入感はこれまで感じたことのないものだった。また、この曲では永井がバイオリンの弓のようなものを用いてギターを弾いていた。そのような演奏技法があるのだろうか。
ムーンライト銀河の演奏が終わると、再びやくしまるは水を飲み、そしてまたもおもむろに口を開く。「みなさんが静かになるまで、10秒掛かりませんでした。」もちろん、10曲目はやくしまるえつこの新曲、放課後ディストラクションだ。何がもちろんなのかは、この曲の歌詞を一目見ればお分かり頂けるかと思う。CDに収録されているものとは大きく違ったバンドアレンジだったが、こちらの方が原曲よりも好みかもしれない。11曲目は、やくしまるえつこ名義よりヴィーナス&ジーザス。これは予想外のサプライズだ。
ヴィーナス&ジーザスの余韻に浸っていると、前方でどこか間の抜けたような携帯の着信音が鳴り響いた。しかしそれはマナーの悪い客などによるものではない。ステージから聴こえるのだ。やがて音は鳴り止む。「着信音じゃないよ」やくしまるが言う。「世界を終わらすラッパの音。」そして12曲目の天地創造SOSが始まる。それにしてもやくしまるえつこというひとは、話し方をとっても間の取り方が絶妙である。言葉を受け取るには十分だが、その意味を考えるには不十分な時間を僕に与える。すっ、すっ、と言葉は頭に入ってくるのだが、それを整理するには敵わない。
13曲目は夏の黄金比。夏が終わりを告げようかという9月のはじめにぴったりの曲だ。真部、西浦のコーラスが無いのが少し寂しい。14曲目は小学館。記事をチンタラ書いているせいでそろそろ記憶が危ない。15曲目のFLASHBACKはライブ用のオリジナル構成。これは開演からずっと思っていたことなのだが、ベースの吉田が何から何まで本当にカッコいい。特にこのFLASHBACKの間奏でエネルギッシュに掻き鳴らす姿には、男の僕でさえ惚れそうになったくらいだ。きっといくらかの女性ファンは妊娠してしまったに違いない。

FLASHBACKの演奏が終わると、やくしまるは小さく「バイバイ」と告げ、メンバーが退場した。あまりに呆気ない幕切れかに思えたが、ものの数秒で場内はアンコールを求める手拍子に満たされる。手拍子は次第に早くなり、そしてどこからともなく元の早さに戻る。これを3回ほど繰り返した頃だろうか、衣装を変えたやくしまるとメンバーが再びステージへと戻ってきた。凄まじい拍手が起こる。興奮冷めやらんまま、アンコールの1曲目がはじまった。昨日リリースされたばかりのあたりまえつこのうた きゅうばんだ。まだきちんと聴き込めてはいないのだが、きゅうばんが最もバンドで演奏しやすいのかもしれない。そして2曲目。僕が相対性理論で、いや、僕が今知る音楽の中でも最も好きな曲、たまたまニュータウン(2DK session)だった。イントロの触りを聴いた瞬間に、全身を高揚感を纏った感動が駆ける。パフォーマンスは筆舌に尽くし難い素晴らしさだった。神々しくさえ感じられた。長い長いアウトロは、永久にだって聴いていられる気がした。アンコール3曲目、今日のラストを締めくくるのはミス・パラレルワールド。軽快なリズムが耳に心地良く、熱狂から覚ましてくれる。最後にやくしまるが「グッナイ」と言い、メンバーが退場してゆく。最後までこちらに何回も手を振ってくれていた永井の姿が見えなくなると、明かりが灯り、終演を告げるアナウンスが流れた。

 


以上が僕の観た変数Iだ。筆を置く前に、全体を通して感じたことをいくつか記しておく。

まずはファンのマナーの良さだ。ロックバンドやポップアーティストのファンというのは得てして公演中に野次を飛ばすような無粋な連中がいくらかはいるものなのだが、今回の公演ではそうした輩は全く見られなかった。偶然かもしれないが、これはそうあるものではない。観劇時のいわゆる地蔵は思っていたよりも少なかった。もちろんモッシュや圧縮とは無縁なのだが、自然に生まれた個人のテリトリー内でそれぞれが頭を振ったり、身体を揺らしていた。この手のアーティストのライブとしては理想的な観劇スタイルだろう。いつか行ったBABYMETALの公演のように、前後に押し潰され、誰のものか分からない汗にまみれる、半ば暴動のようなライブもそれはそれで楽しいのだが。なんとか最前列までこぎつけ、軽い酸欠状態で拝んだSU-METALは神の具現化としか思えなかったものだ。

 

公演の内容についてだが、LOVEずっきゅんやスマトラ警備隊などの定番とも呼べる楽曲が除かれた一方で、普段あまり演奏されない曲がそれなりに多かったのが新鮮だった。また、公演のタイトルイラストが"X"を基調としたものだったため、X次元へようこそがセットリストに含まれるかと予想していたのだが、その予想は外れる結果となった。本当に文句の付けようのない素晴らしいライブだったが、欲を言うならば、わたしは人類を聴きたかったところだ。あの曲は是非とも生で聴いてみたかったのだが。しかし、わたしは人類は1ヶ月後のRedBull Music Fesで大々的に披露される。それを考えれば仕方のないことだ。文句は言えまい。
正直に言えば、他にも聴きたかった曲はいくつもあった。しかし、今回の物販でも「みらいの召喚カード」が販売されていた。それはつまり、近いうちに相対性理論はまたどこかで公演を開催してくれるということだ。それをまた観に行けばいいだけのことではないか。人生の愉しみがまた一つ増えた。


f:id:keielle0419:20180904205232j:image

 

 

猿でも分かるダサくならない自転車の弄り方

初めに言っておきますが、この記事は僕の独断と偏見によるものです。初心者向けです。なのでどうしても自転車が壊滅的にダサくなる、ダサいと言われる!という人だけ参考にしてください。あ、ちなみに僕は自分の自転車をさして格好良いと思っている訳ではないので叩かないでくださいね。また、ヴィンテージバイクについて考慮した内容ではない点はご了承ください。

では早速入っていきましょう。

まずはフレーム/完成車選び。これは基本的にはなんでもいいです。メーカーによってきちんとデザインされているもんなんで、この時点でダサいってことは滅多にありません。明暗が分かれるのは、フレーム(完成車)を選んだのちにパーツを自分で選んでゆく段階です。

とりあえずやるべきこと、やってはいけないことを箇条書きにまとめてみました。

  1. 使う色は黒に加えて0〜2色、多くて3色にする

  2. カラータイヤは使わない

  3. フレームのロゴのカラーと各パーツのロゴのカラーを極力合わせる

  4. クランクはケチらない

  5. 派手なフレーム×派手なパーツは避ける

  6. 差し色に面積を取りすぎない

  7. カッティングシート、ステッカーを貼らない

  8. パーツのブランドはできる限り合わせる

  9. バーテープで遊びすぎない

  10. パーツの色を揃える際には、色だけでなくその色彩にも気を払う

 

恐らくですが、これらを守るだけでもダサくはない自転車が組めるはずです。

さて、順番に詳しく見ていきましょう。

 

 1.使う色は黒に加えて0〜2色、多くて3色にする。

これは至極単純な理由で、色が多すぎるとまとまりが悪くなり、格好良く組むのが難しいからです。ボルトやディレイラーの羽などの細かい部分のシルバーカラーは必然的に入ってきますし、目立つものでもないのでカウントしなくていいでしょう。

説明の必要もないかと思いますが、黒に加えてとあるのは、タイヤは無論のこと、ステム、ハンドル、シートポスト、コンポーネントなど大抵の部品は黒基調である場合が多いためです。十数年前まではそれらはポリッシュシルバーを基調としたものがほとんどでしたが。

3色以上で最も組み上げやすい凡例のひとつが、黒×白(銀)×赤です。一般的に流通するロードバイクのパーツのカラーは黒、白、赤の順で多いので、細かい部分にも差し色を反映しやすいためです。困ったらモノトーン、もしくは黒白赤で間違いないでしょう。個性は出しにくいですけどね。

あ、最初にフレームはなんでもいいと述べましたが、モノトーン以外の色を使ってみたい方は、黒地に黒/グレーロゴのフレームは選ばない方が良いです(例えばキャノンデールのBBQカラーなど)。あのテのフレームは他のパーツも真っ黒で組むとめちゃくちゃ格好良いんですが、変に差し色を入れようとするとフレームに色彩が無い故にちぐはぐになりがちです。最悪なのは、蛍光色のバーテープに蛍光色のカッティングとか貼っちゃうやつです。主に中高生に多く見られます。気を付けましょうね。

 

2.カラータイヤは使わない。

これも説明不要です。絶対買うな。99%ダサくなります。バリバリのカラータイヤをイケてると思ってらっしゃる方がこの記事を見てらしましたら、僕とは一生相容れないのでここら辺でブラウザバックした方が良いかと思います。

飴タイヤは非常に難しいところで、上手く履きこなせば相当格好良いです。が、エラソーにのたまっている僕も未だに格好良い使い方の法則を見つけられていません。多分ですけど、タイヤ以外で使われている色が2色以下だと格好良いんじゃないかと思ってます。

 

3.フレームのロゴのカラーと各パーツのロゴのカラーを極力合わせる。

特にホイールです。フレームのメーカーロゴのカラーが白の場合は白も良いと思いますが、それ以外は基本的に黒にしましょう。ローハイトならばさして気にすることも無いかもしれませんが、ことディープリムに関してはこれの重要性が高いと思います。ZIPPやCOSMICなど、格好良く目立つロゴを鮮やかなホワイトで主張したい気持ちは分かりますが、フレームのロゴが黒いのに対しホイールのロゴが白だとホイールのみが悪目立ちしすぎます。

ステム、シートポストなんかは合わせられたらいいね、くらいの感覚でいいでしょう。そこまで目立ちはしません。クランクやコンポなんかは無理があるんで、余程こだわらない限り気にすることはないかと思います。

 
4.クランクはケチらない。

クランクは自転車の顔とも呼ばれる部品で、大きく印象を左右します。STIディレイラー、ブレーキなど他のコンポより2~3グレード上でも良いでしょう。身も蓋もないことを言うようですが、ぶっちゃけ、ポジションがしっかり出ていてクランクとホイールに良いのが付いてれば、ロードなんてぱっと見格好良く見えるもんです。

クランクのみSORAのフルデュラ組とクランクのみデュラのフルSORA組で他が全て同じ自転車があったら、多分後者の方がまだ格好良く見えると思います。

105組のロードにクランクのみデュラなんてのはしばしば見かけますね。貧乏臭いと揶揄されることもありますが、チャリンカスは何かにつけて他人を貶す生き物なので特に気にしなくていいでしょう。クランクも105のままよりか全然マシだと思います。まあ全部デュラで揃えられたらそれに越したことはないですが。

 

5.派手なフレーム×派手なパーツは避ける。

ケバくなりがちなので。以上。

 

6.差し色に面積を取りすぎない。

例えば黒と白と赤で組んだロードで、ステムだけ真っ赤な状態を想像してみてください。そこだけが悪目立ちして調和が崩れますよね。そういうことです。大人しく白か黒を使いましょう。

 

7. カッティングシート、ステッカーを貼らない。

何十年も自転車作ってるメーカーが考え抜いて施したデザインにただのオタクの手前ェが上塗りするな、ってだけです。やるならその前に自分のセンスを落ち着いて顧みてみましょうね。

 

8.パーツのブランドはできる限り合わせる。

例えばハンドルとステムのブランドを揃えるということです。DedaならDeda、3Tなら3T、のように。当然デザインに調和が取れます。ステムとシートポストなんかも、横から見たときに揃っていると格好良く見えます。ハンドル、ステム、シートポスト、ボトルケージ、ホイールが全部ZIPPで揃ってるのなんか最高ですよね。僕もいつかカネができたらやってみたいものです。

 

9.バーテープで遊びすぎない。

その1で少し述べましたが、いきなりバーテープに他の部分に使われていない色を使うなんてのは論外です。僕は基本的にはステムの色と合わせるのが格好良いと思っていますが、これはフレームに合わせるなど人それぞれでしょう。ただ、リ○ードスキンやス○カズ、g○eeなんかの主張が激しいバーテープはセンスに自信がある方以外にはあまりお勧めしません。シケた面したキモオタクがSupremeだかStussyだかを着てるみたいになりがちです。

 

10.パーツの色を揃える際には、色だけでなくその色調にも気を払う

これはちょっと差し色を覚えた中級者気取りにありがちで、ボルトやらボトルケージやらに同じ差し色を入れる際に、色調を見ずにとりあえず赤なら赤!てな具合でかき集めちゃうってことがあります。例えば同じ赤でも、マットな質感のビビッドレッドと、メタリックな質感の朱色に近いレッドでは全くの別物です。そしてそれらの微妙に色調の違う似た色が織り混ざっているのはかなり格好悪いです。

 

まとめ

ここまて述べてきたやるべきこと、やってはいけないことは、あくまで僕を含む多くのロードバイク初心者に限った話です。もちろんたくさんの色を使ったり派手なフレームに派手なパーツを合わせて格好良い自転車を作っている人だって大勢います。

当たり前のことしか言ってねえじゃんかよ、と思った方、それがフツーです。すみません。

お気付きの方もいらっしゃるかとは思いますが、色を使いすぎないとか派手×派手は避けるだとか、ファッションにも当てはまることなんですよね。まあロードバイクにハマるようなニンゲンってのはオタクばっかですし、オタクという生き物にファッションセンスなんてものを求めるのは筋違いと言うものですが。

ファッションもチャリも同じで、初心者は冒険しすぎないことが大事だと僕は思います。遊ぶのは上級者になってからって感じでいいんじゃないでしょうか。ではまた。